2017/02/21

アクアマリンの水晶体



それにしても
ぼくたちはつまるところ
アクアマリンの水晶体なのだけど
それをきみにどうにかして伝えるために
そしてそれによってぼくたちの将来が
天体のように繋がってくれることを約束するために
はたしてどうすればいいのかということを
ぼくはたったひとりで、ぼんやりと考えていたんだ。
一晩中考えてみてもわからなかったなら
ぼくは今日をもってこの街にさよならを告げ
そしてきみにも、家族にも、友人にも
なんならだれともわからぬあのひとにも
とにかくそういうひとすべてにさよならを告げようと
ぼくはこう思っていたんだ。
ぼくはぼくときみとのあいだに押し寄せる
いくつもの白波をすべてとらえようと試みたんだけど
うまくはいかなかったよ。
だけどそれは完全に失敗なのではなくて
それについての答えに関する何らかの手がかりを
ぼくに与えてくれるものだったと信じることにしたんだ
そうしてぼくの脳裏に謎めいて点滅する
これらの難問にたいして出来るだけ前向きになろうと思うよ
だってそのほうがぼくときみとの将来にとって
こんなにいいことはないんだからね?
もちろんそれらがやがてぼくたちがほろびた後の歴史に
少なからずでもなんらかの影響を与えようだとか
もしくは今現在ぼくたちとおなじ大地を共有している
あらゆる世界人たちに何らかの貢献をしたいだとか
そんなにまで大それたことを考えうるほどにぼくは
自惚れてもいなければ野心家でもない、なんてことさえも
ぼくははっきりとした自信を持って言えるわけではないけれど
だけどもし、このれっきとした分子の集合体としての空間において
ぼくときみ以外の他の何人もの気配が全くもって閉め出されていると
そう確信できるのならばぼくはむしろ喜んでこのことを宣言するよ
まぁとにかくぼくがきみに伝えたいことっていうのは
ぼくときみとの関係はアクアマリンの水晶体だってことだよ

足跡のもちぬし



最初から備わっていないのならば

後付けでどうにかするしかない

それによって得たものが果たして
いい結果を生み出すかはわからない

ある人がもっているものを
自分がもっていないのなら
後からでも、手に入れられるように
行動を起こしていけばいい。
何も羨む必要なんてない。

それがどうなっていくかは
時間が証明することだ

その行動による結果は
自分が堕落を求めているわけではない限り
または、強制された行動でない限り
自分を動揺させることはないだろうと思う

きのう、深く積もった一面の雪畑のなかに
なにかの足跡が遠くまで続いているのを見た

もちろん、これがなんの足跡であるのかを
こちらで勝手に決めつけることはできる。
それで終わらせることは簡単だ。

しかしその足跡は、以前にも見たことがあった。
そのときは、橋を渡った後に足跡があった。
ところが昨日のものは、そうではなくて
橋を渡る前にあったのだ。

ぼくは、このふたつの足跡のおかげで
ある疑問を持つことができるようになった

それは
「この足跡のもちぬしは、
 むこうからこちらにやってきたのか?
 それともこちらからむこうの方へと行ったのか?」
ということである。

それまでぼくは、てっきり
向うからこちらへやってきたものだとばかり
思っていた。

それ以外の可能性もあるのに
まったく、、、排除してしまっていたのだ。
” 思いやりのなさ ”を痛感した。

この日、足跡が別の場所にあったことは
偶然のできごとである。
なかった可能性もあったのだろうが
「あった」、のだ。

「偶然による後付け」
これがぼくの愚かさに
わずかな軌道修正を施してくれた。

深く積もった雪 と なにかの足跡。

ありがとね、うん。